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敬愛する腹腔鏡外科のアーティスト

ルーワイ胃バイパス術の天才外科医

あこがれのKelvin Higaに出会えた旅

Kelvin and me@Party2008年6月16日メリーランド州 ポトマック川のほとりのGaylard National― 予期せずしてその瞬間は訪れた。学会会場に入って間もなくして日本から一緒に参加した笠間和典(kazu)が突然、”おおケルビン!”と叫んだ。振り返ると向こうからケルビンが近づいてくる。夢を見ているようであった。世界で最も美しい腹腔鏡下バイパス手術をする外科医、Kelvinに会えた瞬間であった。そもそも今回のアメリカ肥満外科学会になんとしてでも参加しようと決意したのは25回目を数えるこの学会のプレジデント(会長)があのKelvin Higaであったからに他ならない。・・いつかはKelvinに会いたい、彼の手術を直に見てみたいと思っていた。まだ、その夢は叶っていないが、何はともあれビデオでしか見たことのない本人へ出会えたことは大きな喜びであった。Kazuから紹介してもらって片言の英語で簡単な挨拶を交わすことしかできなかった。

手術というものは「切離」「剥離」「結紮」「縫合」という単純な作業の組み合わせである。それはまるであの複雑な野球が「投げる」「打つ」「走る」「捕る」といった基本的な動作の組み合わせの連続であることと似ている。僕だってボールを投げることも出来れば、バットで打つこともできる。もちろん走ることだって出来る・・・。でもあの『イチロー』はなぜ凄いのか?そういった基本的な動作が高次のレベKelvin and me2@walk from obesityルで出来るからこそ尊敬される。一般的に腹腔鏡手術は開腹手術に比較して難しいと言われている。特に縫合(縫い合わせること)は最も困難な手技と言われている。Kelvin Higaの手術を初めて見たのは2003年の秋だったと記憶している。当時群馬県太田市の堀江病院で日本で唯一腹腔鏡下ルーワイ胃バイパス術を行っていた笠間和典(Kazu)の手術を見学させてもらったときにケルビン・ヒガの手術ビデオのCDをKazuからおみやげにもらった。初めてそのオペの映像を僕のパワーブックのスクリーン上で見たときの衝撃は今でも忘れない。僕がそれまで知っていた腹腔鏡下の消化管吻合(縫合)がせいぜい『紙芝居』のレベルならKelvinのそれは『毎秒24コマの宮崎駿のフルアニメーション』のように極めてスムーズに流れていた。早いだけではない。全く無駄のない動き・・瞬時に『場』を展開したかと思うと、針を持針器に全く持ち直すことなく瞬間的に正確にマウント、それだけではない・・・。針が胃や腸管を貫く時の角度、そして腸管の壁の中での非幾何学的・有機的な動き、必要十分なバイト、器械の様に正確なインターバル、それらにより消化管はあっという間に縫合されていった。腹腔鏡手術時の縫合にありがちな『苦しそうな動き』はみじんも感じられなかった。そればかりではない・・小腸と小腸をつなぎ合わせる時に自動縫合器を使うのだがこれも助手の助けを一切要することなくそのフォークを瞬時に小腸に開けたピンホールに挿入することができた。彼のオペの美しさについて語ればきりがないが、それは手術を見ているというよりは『完成された芸術』いや『ダンス』を楽しんでいるかのようなスムーズさであった。愕然とした・・・日本人は伝統的に器用であるので手術が上手、外国人の手術は雑である・・などとよく言われていることがまったく当てにならないと思った。日系アメリカ人ではあるが外国人であることは間違いない。おそらくこの国Nipponでは誰一人としてこの領域まで達している人はいない、と思った。四谷メディカルキューブの笠間和典(Kazu)はこの国で唯一その近くまで到達している内視鏡外科医であると思っている。Kelvinのようになりたい・・・その時からいままでずっとそれを夢見ている。聞くところによるとケルビンは数千例の腹腔鏡下胃バイパス術を行ってただの一例も縫合不全を経験していないという。『美しい手術は機能的にもやはり優れている』のだと確信した。しかも彼はサンフランシスコの近くのフレスノにオフィスを構え、プライベートホスピタルで手術をしているという・・・つまり、大学病院などの大きな組織に属している訳ではないという。そのような彼が、肥満外科手術の分野で世界でもっとも大きく先進的なASMBS(アメリカ肥満外科学会)のプレジデントに選ばれたのは本当にスゴイことだと思う。
そのケルビンの影響で腹腔鏡下ルーワイ胃バイパス術を行うときはもちろん彼のテクニックを模倣した。また、胃がんに対する胃切除術の時のルーワイ再建においても彼のテクニックを導入してこれまで30人あまりの患者さんに小さな開腹を置かない『完全腹腔鏡下胃切除術』を行ってきた。ただ、僕の手術ビデオを4倍速で見るとちょうどケルビンの手術と同じくらいのスピードに見えるのでいかに彼がスゴイか実感できる。

話をもとにもどそう。それから、午後、一般の学会セッションが終わった頃、またKelvinに会った。Kazuと一緒に会場の外で歓談していたら、突然ケルビンがズボンのポケットから二つ折りにしたカードを取り出し、それを広げて、Kazuに渡した。それは会長が招待するスペシャルな人だけが招かれるパーティーの招待状だった。KelvinはKazu に『きみの友人も一緒に来たらいいよ』と笑って言って去っていった・・・。これもまた奇跡だった。こんな経験は一生ないだろうな?と二人で話しながらパーティーの時間になったときGayloard Nationalの最上階のスペシャルロイヤルスイートルーム(?)のような部屋にお邪魔した。ごく少人数のパーティーだった。もちろん日本人は僕とKazuだけだった。kelvinの奥さんや子どもさんたちもいた。その部屋のバルコニーからはその巨大なホテルの中庭が一望できるだけでなく、ガラス張りの巨大な壁を通してポトマック川とその向こう岸に広がる大陸の地平線に夕日が沈んでいく風景は今でも忘れられない。

6月17日午後の会長講演で、ケルビンはアメリカの減量外科の歩み、そして現在の置かれた役割、これからのこと、一緒に歩んできた友人たち、そして支えてくれた家族(両親、奥さん、子どもたち)への感謝などを述べた。いつも見るような格好いいイメージとは違って、ちょっと緊張した面持ちではあったが誰からも愛されるという彼の暖かい人柄が伝わる講演であった。ますます、Kelvin Higaに近づけるようになりたい、そう願った。そして、近い将来、フレスノを訪ねて彼のオペを生で見学させてもらうことを夢見ている。それまでは、この日本で彼に少しでも近づけるような技術を磨いていきたい。