病的肥満と減量手術+糖尿病の外科治療

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surgical therapy in diabetes

台湾の衝撃I・・最先端の内視鏡外科技術を減量手術に適応

桃園(タウエン)紀行・・究極の目的を究極の手段で

SSL(Single Site Laparoscopic surgery) for Bariatric Surgery

min-sheng general hospital敏盛綜合医院(左奥)2009年6月3日、12時35分に成田国際空港を離陸したJAL641便はわずか3時間半で台湾・桃園国際空港へ着陸した。沖縄からだと1時間ちょっとで着くチャイナエアーラインがあるが、今回は新型インフルエンザの影響でその便が欠航となったためかなりの遠回りをすることになった。外国とはいっても沖縄からだと隣の県である鹿児島に行くのとほとんど同じ距離だ。近くて遠かった隣国”台湾”に初めての上陸が実現した。今回、台湾を訪問することになったのはKazu(笠間和典;四谷メディカルキューブ)の友人で台湾で減量手術(肥満手術)を多く手がけている台北大学外科教授であり敏盛綜合医院の副院長でもあるProf.Wei-Jei Lee(李威傑 教授)と台湾南部の都市・高雄(カオシュン)のChih-Kun Huang(黄 致錕)の手術を見学をすることになったというので例によって道連れになったということだ。現在世界中の内視鏡外科医が研究をしている『ひとつの小さな腹部の切開だけで腹腔鏡手術をする』というSILS,SSLなどと呼ばれる新しい手術方法がトピックになっているが、彼らはすでに減量手術の領域でもその最先端の技術を適応しているという。実は台湾はアジアでもっとも多くの減量手術が行われているところで、肥満外科(減量手術)の先進国である。今回の目的はその最先端のオペの実際を学prof.LeeSILS-SGんでこようということである。また、僕らが訪問する時に合わせて、糖尿病などの代謝疾患を手術で治療する代謝手術(metaboic surgery)と1つの切開で腹腔鏡手術をする(single incision laparoscpic surgery:SILS)についてのシンポジウムを行ってくれるというサプライズも用意してくれたのだった。
桃園国際空港から入境(入国ではない)するのに1時間少しかかったがそこからタクシーでまずはホテルに向かった。チェックイン後、休む間もなくLee先生が副院長を務める敏盛綜合医院(MIN-SENG GENERAL HOSPITAL)へと向かった。病院は巨大な高層の建物でありエレベータで手術室のある階へと案内された。到着したその日にもオペがあると聞いていたのでそれを見学させていただく予定にしていたのだ。
オペはもう始まっているはずだ・・急いで着替えを済ませて案内されて手術室へ入った。やはり、すでに病的肥満に対する腹腔鏡手術が始まっていた。手術はミニ・ガストリックバイパスのようだ。Lee先生は臍下からカメラと処置用のポート、そして患者さんの左上腹部に5mm程度のポートをおいてオペを行っていた。主の切開は臍部で左上腹部は補助的な切開であった。いわゆる完全なSILSではなかったが臨床的にはまったく問題ないと思われた。ただ、肝臓を持ちあげるのにK-wire を使用していたのは衝撃映像だった。オペそのもののマニューバーに表面上の派手さは無かったが、困難性にも全くリズムを乱さなないところを見ると、さすがにアジアを代表するEndoscopic Surgeon,Bariatric Surgeonであることが感じられ、そして初めてみる減量手術のSILSに少しばかり興奮した。オペは順調に進み問題なく終了した。


そのオペが終わるとLee先生は快く僕らを出迎えてくれて、病院内を案内してくれDSC00326.jpgSILS-SGた。そこは廊下が広く天井も高く空間をとても贅沢に使った建物で、病室もとても清潔感のある施設だった。VIPの病室も設けられていて、部屋には番号でなく都市の名前が付けられていて『東京』という部屋もあった。また、院内の放送で中国語、英語だけでなく日本語のアナウンスも流れていたのは少しばかり驚いた。きっと日本から受診される患者さんもいるのだろうと思っていたら案の定、日本からも手術を受けに来られる方もいるとのことだった。Lee先生の仕事場は『微創手術中心』という看板が掛かっていた。『・・これはエレガントでとてもいいネーミングだ』と思った。日本語にするとまさにKazuの『きずの小さな手術センター』ということになる。英語らしい表現ではminimally invasive surgery centerとなるが、それは少しだけ本来の意味とニュアンスが異なる。日帰り手術ができるように回復室もかなり整備されていた。また、最も感心したのは手術その他の臨床データを蓄積・解析する専門の部署とスタッフが充実していたことだ。なるほど、だから、あれだけ多くのオペをこなしながらも、SILSmodified single incision at bypassインパクトのある多くの論文を発行したりと学術的に素晴らしい仕事が可能なんだと思った。有能な外科医であると同時に優秀な研究者であるLee先生の環境はとても参考になった。

それからしばらくしてまた次のオペが始まった。今度は病的肥満に対する『腹腔鏡下袖状胃切除術』いわゆるスリーブ・ガストレクトミー(Sleeve Gastrectomy) だった。しかも、今度は完全に臍下のみの1カ所の皮膚切開をおいた純粋なSSLであった。臍下には2cm程度の皮膚切開がおかれ、そこから3本のポートが挿入された。カメラオペレーター(腹腔鏡を持つ人)の女性はおそらくは外科医ではないと思われたがこの困難な状況下でよくあれだけの視野を作れるものだと感心した。日本でもそのような手術のアシスタントをしてくれるプロの職種の人がいたら本当にいいのにと切実に思った。LeTAOPEI101TAIPEI 101e先生は湾曲する把持鉗子を巧みに使って、大網を胃壁から次々と切り離していった。大網の処理が終わったところでスリーブ胃切除に取りかかった。口から挿入し、小弯側に沿わせた胃カメラ本体に沿って、リニアステイプラーが次々とファイヤーされていった。臍下の小さな傷から挿入された3つのポートがところ狭しと横にも縦にもぶつかるような状況で全くリズムが乱れることなく静かにオペは進行していった。オペも終盤にさしかかった時にあるトラブルが起こった。腹腔鏡のモニターの画面が1/3ほどずれて見えなくなってしまったのだ。それでも、何事も無かったかのようにオペに集中してその『小さな視野』でオペを完成させた。よほど多くの修羅場を乗り越えてきたか、生まれつき類い希な強い精神力の持ち主に違いないと思った・・・おそらく両方だろうと思う。1時間そこらでSILSの袖状胃切除術が終わった。切り傷は臍下の一カ所で確認出来ないほどの小さな刺し傷が上腹部に一カ所あるのみであった。おそらくどの傷も時間が経てばほとんど意識されることは無いだろうと思えるほどだった。台湾に来た早々、衝撃的なオペを見て僕の脳は満タンになっていたがLee先生は僕らの胃袋も満たしてくれる計画があるとのことで夕食に誘われた。
車で走ること数十分、かの有名な101階建て世界一の高さを誇る超高層ビルである台北101へ着いた。その85階Lee-Kazu-SooProf.Lee,Kasama,Inamineのレストランを予約してくれていたのだ。素晴らしいディナー、そしてその巨大なガラス越しに見える台北の街の夜景は圧感だった。急速に多くの分野で急成長するこの国のエネルギーをそこに感じた。たった1日で目も胃袋も心も満タンになった。

 2日目は終日シングルポート手術(SILS,SSL,etc)と減量手術、代謝手術についてのシンポジウムが敏盛綜合医院内の会場で行われた。そこは会議室というよりは会議場というような本格的な造りだった。Lee先生から始まりの挨拶の後、日本からはKazu(笠間和典:四谷メディカルキューブ)の英語によるプレゼンテーションが行われた。それは日本におけるmetabolic surgery(代謝手術)に関する研究内容であった。そして、次々と台湾のドクターからいろいろなトピックについて発表があり、質疑応答が繰り返された。そして、今回のシンポジウムの目玉でもあるライブ手術が行われた。シングルポート減量手術の生の映像が学会場のスクリーンに投影されsimposiumシンポジウム、手術の進行を多くの外科医たちが見守り、質疑応答がなされた。実にハイテクのなせる技である。大学病院でないひとつの民間病院でこのような投資をするというのは本当に素晴らしいことだと思う。一人の天才的な外科医の手術の技術やフィロソフィーを同時に多くの後輩たちが学べて、とても効果的である。開腹手術の時代には手術手技を後世に伝えていくのはとても大変だったと思う。肉眼でのオペではオペに3人入ったとしたら3人とも全く違う画像を見ているが、内視鏡手術では、すべの人、しかも手術室にいない人、極端な話、地球の裏側でもほぼ同時に全く同じ場面を見ることが可能である。後で見直すことも可能であり教育的効果は非常に高い。たまたま出現した手術の上手な外科医が多くのオペをこなしても永遠に続けられることはないし、次の世代に引き継がないと意味がない。古代ギリシャの医師、医学の父であるヒポクラテスによる『ヒポクラテスの誓taipei dish小龍包など台湾の美味い』はあまりにも有名だ。その一部に『師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。』と記されているように、医師というものはその知識や技術を無償で教えなければならない。現代でもヒポクラテスのDNAは世界中に行き渡り当たり前のように医療の現場では患者さんのためになる技術や知識は無償で公開され伝えられている。Lee先生は彼を頼ってきた目の前の多くの患者さんの手術をするだけではなく、その結果を多くの論文にして人類の知のデータベースに加えることによって間接的に多くの患者さんを救っている。そして、今回のようなシンポジウムやライブ手術を行うことによって台湾の若い外科医たち、そして外国から来た僕らにでさえ何の報酬もなくそのアート、フィロソフィーを教えてくれた。期せずしてヒポクラテスに始まる医の原点を台湾の地で再確認することになった。Kazuに以前から『Lee先生は優秀というだけでなく温厚で外科医としても研究者としてもそして人間としても本当に尊敬できる』聞かされていたがそれは本当だった。taipei nightTaipei 101からの夜景
2日間の日程を終えて名残惜しかったが夕方には台北を離れ次の目的地である台湾南部の『高雄』へ向かわなければならなかった。窮屈なスケジュールで観光は殆ど出来なかったので、台湾新幹線に乗る前に台北で少しばかり『味の観光』をすることとした。大粒の雨の中、IVYたちの案内で大量の小龍包と巨大なマンゴアイスに遭遇することとなった・・・(つづく)。(2009.6.4)